32歳・健太さん|下方修正なのに上がった朝
営業利益の予想は120から90へ下がった。それなのに、翌日の終値は123から126へ上がった——。健太さん(仮)は、資料を読めば値動きの答えが出ると思っていました。同じ30日間を使い、「書いてある事実」「自分の解釈」「まだ答えのない問い」を分けるところから、会社を見る練習を始めます。
朝6時11分。物流会社の夜勤を終えた藤井健太さん、32歳。前の週に旅行資金18万円を株へ移すのをやめ、気になった会社を30日だけ観察している。スマートフォンには、昨日15時に出た「通期業績予想の修正」が残っていた。
売上予想は1,200のまま。営業利益予想は120から90へ。理由には燃料費20、システム移行費10とある。健太さんはノートに「利益25%減。明日は下がる」と書いた。ところが翌朝、終値欄は123から126へ上がっていた。
健太さん「下方修正なら、普通は下がるんじゃないんですか」
編集長「その資料で確かめられたのは、どこまでですか」
健太さん「利益予想が下がったことです」
編集長「では、『翌日下がる』は資料の何ページに?」
健太さん「……それは、僕が足しました」
売上予想は据え置き。営業利益予想は120から90へ変更。
費用増で稼ぐ力が弱くなったのではないか。
費用は一度きりか。実績は予想どおりか。価格はどう動くか。
三つは似て見えますが、混ぜた瞬間に「会社が公表したこと」が「自分の予想」へすり替わります。ファンダメンタル分析の最初の仕事は、すぐ結論を出すことではありません。資料が答えた問いと、答えていない問いの境目を見つけることです。
開示資料を、三つの層に分けて読む

下のラボには、実在企業ではない「観察用企業A」の資料を三つ用意しました。前回のテクニカル分析編と同じ30日分の終値です。会社名や単位を確認せずに数値だけ読むと、結果欄は先へ進みません。投資判断や目標価格を出す道具ではなく、読み落としを発見する道具です。
事実・解釈・未回答を分ける
三つの架空資料から一つを選び、読む前の確認を一枚へまとめます。
診断結果
次に開く場所
まず「何の数字か」を七つ確認する
数字へ急ぐほど、表紙の情報が大切になります。提出者は親会社か子会社か。資料は決算短信か予想修正か。15時に出たのか場中に出たのか。対象は一か月か四半期か通期か。円か百万円か。連結か単体か。実績か予想か計画か。後日、訂正版が出ていないか。
たとえば「90」だけを切り取っても、それが営業利益の実績90万円なのか、連結の通期予想90億円なのかで意味はまるで違います。前年同期比と直前予想比も同じではありません。数字を比べる前に、期間・単位・範囲・実績と予想の別を横に並べます。

実績
すでに終わった期間の結果。ただし、後の訂正や会計上の見積もり変更はあり得る。
予想
会社が現在の前提で見込む数字。確定値ではなく、前提が変われば修正される。
計画
これから実行する方針。費用だけ示され、売上寄与や回収時期が未記載のこともある。
月次資料では、売上だけを見ない
9日目の月次資料には、前年同月を100とする指数で「利用件数112、平均単価96、売上108」とあります。売上が伸びた、で終えると変化の中身が消えます。利用件数は増えた一方、平均単価は下がっている。値引きで客数が増えたのか、安いプランの比率が高まったのか、顧客構成が変わったのか。資料に書かれていなければ、ここから先は仮説です。
さらに、売上の増加と利益の増加は同じではありません。客数を増やすために広告費や人件費が大きくなれば、売上が増えても利益は減ることがあります。月次の数量と単価を読んだら、次の決算短信で売上原価や販管費、営業利益へどうつながったかを確かめます。
予想修正では、増減より「橋」を探す
20日目の資料は、売上予想1,200を据え置き、営業利益予想を120から90へ変更しています。差は30。説明に燃料費20、システム移行費10とあれば、まず数字の橋はつながります。けれど、燃料費は翌期も続くのか、移行費は今回だけか、価格改定で吸収できるのかまでは別の問いです。
「利益が25%減った」という計算自体はできます。ただし、前の120も新しい90も予想です。90になることが確定したのではなく、会社の現時点の見積もりが変わった。翌日の終値126は値動きの事実ですが、下方修正が原因で上がったとも、悪材料が織り込み済みだったとも、この二つの数字だけでは証明できません。
計画資料では、「書かれていない列」を見る
25日目の新サービス投資方針には、今後2年間で60を投じ、翌四半期から始めるとあります。金額と時期があると、計画全体が分かった気になります。しかし、売上への寄与額、いつ黒字になるか、途中でやめる条件は記載されていません。
投資額60は、発表日に全額が費用になるとは限りません。設備、ソフトウェア、外部委託、人件費では、会計上の扱いも現金が出る時期も違います。次の決算で実際の支出、資産計上、減価償却、サービス利用者数など、会社が成果を測る指標を追います。壮大な方針を読んだときほど、「費用」「成果」「時間」「撤退」の四列を空欄のまま残す勇気が要ります。
利益があることと、現金が増えることは別

売上から費用を引き、利益がどう生まれたかを見る。
現金、売掛金、在庫、借入金、純資産がどこにあるかを見る。
営業・投資・財務の三つに分け、現金が増減した道筋を見る。
商品を売って利益を計上しても、代金の回収が先なら売掛金が増え、現金はまだ入っていません。設備を買えば現金は先に出ても、費用は耐用年数に分かれて計上されることがあります。利益だけ、現金残高だけでは会社の動きを言い切れません。三つの表を行き来し、利益の変化が資産・負債と現金へどうつながったかを見ます。
資料を探す入口は、役割が違う
上場会社の決算短信や業績予想修正など、適時開示を探す入口がTDnetです。会社が投資判断に重要な情報を迅速に公表する経路で、決定事実、発生事実、決算情報、業績予想の修正などに分かれます。
EDINETは、有価証券報告書など法定開示書類を電子的に提出・閲覧する仕組みです。事業内容、リスク、役員、財務諸表をまとまった形でたどるときに使います。会社IRは説明資料や質疑応答を見つけやすい一方、過去資料の並び方は会社ごとに異なります。一つの入口だけでなく、資料名・公表日を手掛かりに三つを行き来します。
決算短信は決算内容を迅速に知らせるための資料です。速報性がある一方、有価証券報告書と目的や提出時期が違います。「短い資料だから軽い」「長い資料だから正しい」とは決めず、今知りたい問いに合う資料を開きます。訂正があれば、古いPDFを保存したまま使わないことも大切です。
PER・PBR・ROEは、意味と分母を一緒に置く
価格 ÷ 利益
一般に株価を1株当たり利益で割る。赤字や利益が極端に小さいと読みづらい。
価格 ÷ 純資産
一般に株価を1株当たり純資産で割る。資産の中身や収益力までは一つの倍率に入らない。
利益 ÷ 自己資本
自己資本を使って生んだ利益を見る。借入や自己株取得でも数値は動き得る。
倍率が低いから割安、高いから成長企業とは限りません。利益は実績か会社予想か市場予想か、純資産は期末か平均か、連結か単体か。同業他社と比べるときも、同じ日・同じ定義・同じ期間へ揃えます。比率は会社を一語で評価する点数ではなく、次に調べる問いを作る索引です。
学び方は「推奨銘柄」より、元資料へ戻れるか

書籍
会計の基本を順序立てて学べるか。版と制度・会計基準の更新時期を見る。
講座
実在の開示資料を自分で読み、講師の結論と違う仮説も検討できるか。
情報ツール
数値の出所、更新時刻、実績・予想の区分、訂正履歴へ戻れるか。
会社四季報等
要約から元の決算資料へたどれるか。独自予想と会社予想を混ぜないか。
「今買うべき銘柄」だけを受け取ると、外れたときに検証できません。自分で資料を特定し、単位を揃え、事実と解釈を分けられる教材を選びます。口座開設は勉強の必須条件ではありません。観察用企業や保有していない会社の資料でも、読む練習はできます。

健太さんは、「上がった理由」を空欄にした
朝7時03分。健太さんは昨日の「明日は下がる」を一本線で消した。隣に、売上予想据え置き、営業利益予想120から90、燃料費20、移行費10と書く。その右に「燃料費は続く?」「移行費は一度だけ?」「実績の現金は?」。最後の列に「翌日123から126」と書き、理由の欄は空けた。
健太さん「理由が分からないままだと、分析した感じがしません」
編集長「分からないことを埋めるために、物語を作りますか」
健太さん「前なら『悪材料出尽くし』と書いていました」
編集長「今回は?」
健太さん「終値は上がった。理由は未確認。次の決算で費用と現金を見る、までにします」
ノートの余白は、失敗ではなかった。まだ公表されていない答えを、自分の都合で埋めなかった印だった。健太さんは旅行資金18万円の封筒を引き出しへ戻し、航空券の画面を開いた。会社を知ろうとすることと、半年後に使うお金を賭けることは、同じではない。
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決算書を読む練習に使う資料
企業の数字や経済指標を比べるときは、売上だけでなく利益、負債、発表時期を同じ条件で確認します。ファンダメンタル分析の入門書は、特定銘柄を勧めるものではなく、開示資料の読み方を練習する補助として使い、判断は最新の公式情報で行ってください。
