火曜の10時17分、市役所の国民健康保険窓口で、白石恭平さん(仮)は渡されたメモを裏返した。裏には何も書かれていなかったので、もう一度表へ戻した。
概算年額37万2,000円。
12で割ると、月3万1,000円になる。
恭平さん「すみません。私は、仕事をやめるんです」
担当者「はい。退職後に国民健康保険へ入る場合の、今の条件での概算です」
恭平さん「収入がなくなるのに、今より高いんですか?」
鞄から、7月の給与明細を出した。64歳だった最後の一か月だ。健康保険料1万3,400円、介護保険料2,200円。合わせて1万5,600円だった。
65歳になった8月末で仕事を終える。給料がなくなれば、給与から引かれていたものもなくなる。少なくとも小さくなる。恭平さんは、そう思っていた。
机の上の数字は反対だった。
国民健康保険は月平均3万1,000円。65歳以降の介護保険料は別の通知になり、窓口で聞いた年額を12で割ると約7,100円。家計表へ置く月平均は、合わせて3万8,100円になる。
恭平さん「保険証が変わるだけだと思っていました」
担当者は、月3万1,000円が毎月そのまま引き落とされる意味ではないこと、国民健康保険料は前年の所得や世帯、市の計算方法などで変わることを説明した。
年37万2,000円を12で割ったのは、家計の比較をしやすくするためだ。実際の納付回数、最初の納期限、一回の支払額は、市から届く通知を見なければ分からない。
市役所を出ると、日差しが強かった。
仕事をやめるまで、あと27日。退職記念に一泊しようと見ていた温泉宿のページを、恭平さんは駅のベンチでそっと閉じた。
土曜のテーブルに、二通目の見積書が届いた
その週の土曜、恭平さんは給与明細、市役所のメモ、現在の健康保険から届いた封筒をテーブルへ並べた。
二通目は、任意継続を選んだ場合の月額だった。
月2万6,800円。

恭平さん「こちらも、今の健康保険料のちょうど倍です」
編集長「仕事をやめるのに、会社が払っていた人の分までこちらへ来る」
恭平さん「退職祝いに請求書を二人分もらった気分ですよ」
橘「見え方としては近いです。在職中は本人と会社が分けていた負担を、退職後は本人が全額負担します」
協会けんぽの任意継続は、退職前の本人負担のおよそ2倍が一つの目安になる。ただし、標準報酬月額の上限、都道府県、保険料率、年齢などで単純な2倍にならないこともある。
だから、給与明細の数字だけを2倍して決めない。現在加入している保険者へ、退職日、年齢、住所を伝え、本人用の月額を聞く。
恭平さんの月2万6,800円は、その手順で取得した数字だった。
恭平さん「今まで存在しなかった費用ではないんですね」
橘「会社の負担として見えにくかった金額が、退職後の家計へ出てきたんです」
「無職になるのに高くなった」という驚きは間違っていない。ただ、仕事を辞めたことへの罰ではない。負担する人と、金額を決める基準が変わる。
退職後の健康保険は、最初から二択ではない

恭平さんが比べたのは任意継続と国民健康保険だった。しかし、退職後の行き先は最初から二つとは限らない。
- 再就職先の健康保険へ入る
- 現在の健康保険を任意継続する
- 市区町村の国民健康保険へ入る
- 条件を満たして家族の健康保険の被扶養者になる
ひとり暮らしでも、被扶養者という選択肢が必ず消えるわけではない。配偶者がいなくても、親、きょうだい、成人した子などとの関係や生計維持の条件によって、確認先がある人もいる。認定条件は家族が加入している保険者へ聞く。
恭平さんは独身で、離れて暮らす姉の健康保険の被扶養者になる条件には当てはまらなかった。次の勤務先もまだ決まっていない。そのため、今回は任意継続と国民健康保険の二通を並べる。
最初に四つの道を確認し、自分に残る二つだけを比べる。これなら、安い選択肢を見落としたまま細かな差額計算を始めずに済む。
国民健康保険は、退職後の今月だけを見ていない
恭平さん「国民健康保険は、収入がなくなればすぐ安くなると思っていました」
橘「退職直後は、会社員だった前年の所得が計算へ影響することがあります」
国民健康保険料は、市区町村、前年所得、加入人数などで変わる。同じ年収で同じ日に退職しても、住んでいる場所と世帯が違えば同額とは限らない。
ここで「年収○万円なら国保○万円」という全国一律の表を使うと、自分の家計から遠ざかる。居住する市区町村へ、退職予定日と本人の条件を伝え、見積り方法と必要書類を聞く。
恭平さんは、年37万2,000円を月3万1,000円として比べた。しかし、その月平均を口座から毎月出る金額として予定表へ書かなかった。納付月と一回の金額は、通知が届いてから別に記入する。
65歳の誕生日で、介護保険料の置き場所も変わった
恭平さんの最後の給与明細は、64歳だった7月分だ。そこでは健康保険料と介護保険料が別行で引かれていた。
65歳以降は、介護保険料が市区町村の第1号被保険者として別に決まる。恭平さんが窓口で聞いた年額は8万5,200円、家計比較用の月平均は7,100円だった。
この7,100円を、64歳までの介護保険料を含む見積額へ機械的に足すと二重計上になる。反対に、65歳以降の健康保険だけを見て介護保険料を忘れると、退職後家計を軽く見積もる。
まず、見積書の金額に何が含まれているかを確認する。
- 40〜64歳で、健康保険の見積額に介護保険料が含まれている
- 比較期間中に65歳になり、途中から介護保険料が別になる
- 比較開始時点ですでに65歳以上で、介護保険料が別通知になる
下の比較では、この三つを分けられる。65歳未満の人は、介護分を含む正式な合計額を任意継続と国民健康保険の欄へ入力する。65歳以降の別通知がある人だけ、介護保険料を別枠へ入れる。
二つの見積書を、同じ月数へそろえる
恭平さんは、最初から2年間の正解を決めるのをやめた。半年後に短時間の仕事を始め、勤務先の健康保険へ入る可能性があったからだ。
まず6か月を比べる。
| 最初の6か月 | 任意継続 | 国民健康保険 |
|---|---|---|
| 健康保険料 | 16万800円 | 18万6,000円 |
| 65歳以降の介護保険料 | 4万2,600円 | 4万2,600円 |
| 合計 | 20万3,400円 | 22万8,600円 |
| 退職前の本人負担6か月分との差 | +10万9,800円 | +13万5,000円 |
任意継続の方が2万5,200円少ない。だが、恭平さんが驚いたのは二つの案の差より、どちらを選んでも退職前より10万円以上増えることだった。
恭平さん「安い方を選べば安心、ではなかったんですね」
橘「はい。選択肢の差と、退職前から増える額は別に見ます」
12か月なら、任意継続は健康保険料32万1,600円、国民健康保険は37万2,000円。別枠の介護保険料を加えると、差は5万400円になる。
24か月を見たい場合は、翌年度の国民健康保険料を初年度のまま2倍しない。前年所得などが変われば、次の見積額も変わり得る。翌年度額が分からないなら、0円として埋めず、確認できた12か月までで止める。
別ページの比較ツールへ移動して入力し直すのではなく、この記事内で次の項目を入れる。
- 退職予定日と、比べたい6・12・24か月
- 最後の給与明細にある健康保険料と介護保険料の本人負担合計
- 任意継続の正式な月額
- 国民健康保険の正式な年額
- 65歳未満、期間中に65歳到達、開始時点で65歳以上のどれか
- 65歳以降に別通知となる介護保険料
ツールは、各案の合計だけでなく、退職前の同じ月数と比べていくら増減するかを返す。翌年度欄が空なら、その期間を0円にせず、金額がそろった月までを表示する。入力した日付、年齢、金額は端末内だけで計算し、保存も送信もしない。
COMPARE YOUR TWO QUOTES
退職後の保険料、二つの見積書を並べる
現在の保険者と市区町村から聞いた金額を入れてください。入力内容は保存・送信しません。比較結果
診断結果
協会けんぽ以外の健康保険、休日、郵送到着、提出方法によって正式な受付期限は異なり得ます。現在の保険者から聞いた期限を優先してください。
金額を見た後に確認すること
- それぞれの見積額に介護保険料が含まれるか
- 実際の納付回数、最初の納期限、一回の納付額
- 加入条件、提出先、必要書類、正式な申出期限
- 家族の健康保険の被扶養者になれる条件
- 再就職先の健康保険へ入る日と切替手続き
20日という短い時計を、退職前に動かす
金額が出ても、期限を逃せば同じ条件では選べない。
協会けんぽの任意継続では、資格喪失日の前日までに被保険者期間が継続して2か月以上あることに加え、資格喪失日から20日以内に申出書を提出する必要がある。郵送は、投函日ではなく期限内の到着が求められる。
恭平さんは、協会けんぽの任意継続の加入条件を開き、20日目を手帳に書いた。その横に、保険者へ聞いた正式な受付期限と提出方法を書き足した。
ツールが表示するのは、資格喪失日から数えた20日目で、休日補正前の目安だ。カレンダー上の日付だけで「この日まで大丈夫」と決めず、加入中の保険者の案内を優先する。
国民健康保険も自動では切り替わらない。必要書類、窓口、期限、資格確認書等の扱いを居住する市区町村へ確認する。
安い方を決める前に、七つの質問をした

恭平さんは、現在の保険者と市役所へ、同じ七つを聞いた。
- この見積額に健康保険料と介護保険料の何が含まれるか
- 加入条件と正式な申請期限
- 必要書類と、退職前に用意できる書類
- 郵送、窓口、電子申請などの提出方法
- 納付回数、最初の納期限、一回の納付額
- 再就職して別の健康保険へ入った場合の手続き
- 翌年度の金額をいつ、どこで確認できるか
任意継続には保険料以外にも、給付、扶養する人の扱い、健診、転居後の保険料など、加入先によって確認したい違いがある。金額だけで決めず、自分が実際に使う条件を一枚へ足す。
恭平さんが選んだのは、「まず6か月を管理する」ことだった

退職時点で再就職先が決まっていなければ、恭平さんは任意継続を第一候補にすることにした。
理由は、今回取得した見積りでは国民健康保険より最初の6か月が2万5,200円少なかったこと。もう一つは、半年後に働き方と加入先を見直す予定を置けたことだった。
これは、すべての人に任意継続が安いという結論ではない。恭平さんが、自分の二通を同じ条件で比べて出した答えだ。
恭平さん「2年間の正解を、今日決めなくてもいいんですね」
橘「今日決めるのは、金額を聞くことと、期限を逃さないことです」
編集長「それと、温泉宿のページを閉じたままにしないこと」
恭平さんは少し笑って、家計表に三行を足した。
任意継続 月2万6,800円 介護保険 月平均7,100円 6か月後 働き方と加入先を再確認
仕事をやめるのに高くなる。その驚きは消えない。
でも、理由の分からない3万8,100円ではなくなった。誰に聞き、どの数字を比べ、いつまでに動くかが分かる金額になった。
帰りの電車で、恭平さんは閉じた温泉宿をもう一度開いた。日曜の朝食を付けるかどうかは、健康保険よりずっと簡単に決められた。

あなたが今日用意するのは、五つだけ
- 最後の給与明細にある健康保険料と介護保険料
- 現在の保険者から取得した任意継続の月額と正式期限
- 市区町村から取得した国民健康保険の年額
- 65歳以降の介護保険料の通知または見積り
- 退職日と、次の勤務先の健康保険へ入る可能性
空欄があっても、推測で埋めない。まず一つ目の電話先を書き、今日聞ける数字からそろえる。
恭平さんが決めたのは、退職後まず半年は任意継続で様子を見るということだけだった。家計表には月2万6,800円と介護保険料の欄を足したが、2年分の正解を今日出す必要はなく、半年後にもう一度、働き方と加入先を確認し直すことにした。
制度を比べたあと、確認材料を手元に置く
任意継続・国民健康保険・家族の扶養を比べる条件が整理できたら、退職後の健康保険を解説した書籍も候補に加えます。制度や保険料は更新されるため、購入前に発行日と内容を確認してください。
