42歳・裕介さん|年金は65歳からだと思っていた
火曜の18時40分。二軒目の整形外科の受付で、「最初に診てもらったのは、いつですか」と聞かれた。松本裕介さん(仮・42歳)は、財布のカード入れを二度めくった。半年前に一度だけ行った医院の診察券は、もう入っていなかった。
右手のしびれが続き、ペンを持つ時間が長い日は指先が重くなる。食品卸の営業をしている裕介さんは、運転も見積書も仕事の一部だ。今日の診察で休職を勧められたわけではない。それでも「このまま仕事が遅くなったら」という言葉が、帰りの電車から離れなかった。
離婚後に借りた2DKへ戻ると、猫のミルが玄関まで迎えに来た。ミルの診察券と検査結果は、通院用の透明ファイルに日付順で入れてある。自分の最初の受診日は、病院名すら検索履歴をたどらないと思い出せない。
「病気で仕事を休む お金」と検索した。傷病手当金、労災保険、障害年金。似ているようで、窓口も条件も違う言葉が並ぶ。障害年金のページを開いたところで、裕介さんの指が止まった。
裕介さん「年金って、65歳からもらうものじゃないんですか」
編集長「老後の扉だけではありません。病気やけがで生活や仕事が制限される時と、家族を亡くした時の扉もあります」
裕介さん「では、三か月休んだら障害年金ですか」
編集長「休む長さだけでは決まりません。今夜は申請を決めず、どの扉を誰に聞くか分けましょう」
公的年金には、老後だけではない三つの給付がある

日本の公的年金は、国内に住む20歳以上60歳未満の人が加入する国民年金を土台に、会社員・公務員等が厚生年金へも加入する二階建てだ。裕介さんの給与明細にある厚生年金保険料は、「基礎年金とは別なので国民年金へ入っていない」という意味ではない。
厚生年金保険
会社員・公務員等が条件を満たして加入。出来事当時の加入と報酬の記録が、給付の入口に関わる。
国民年金
日本国内に住む20歳以上60歳未満の人が原則加入する、基礎年金の土台。
日本年金機構の加入制度案内では、働き方による被保険者の区分と手続先も確認できる。転職、退職、独立、扶養の変更があった月は、現在の肩書だけでなく月別の加入記録を見る。
01
老齢
一定の年齢になった時。受給資格期間、基礎・厚生年金、開始時期、請求を確認する。
02
障害
病気やけがで生活や仕事等が制限される時。初診日、加入制度、納付、障害状態を確認する。
03
遺族
加入者等が亡くなった時。亡くなった人の記録と、遺族の範囲・順位・生計維持等を確認する。
三つとも「保険料を払ったら同じ金額が自動で振り込まれる」仕組みではない。出来事が起きた日、加入していた制度、納付記録、本人や遺族の条件を確認し、必要な請求をする。老齢・障害・遺族の請求入口を一度見ておくと、検索結果を行き来するより窓口が見える。
老齢年金は「平均」より、自分の月別記録から始める
老齢基礎年金と老齢厚生年金は原則65歳が中心だが、受給資格期間、加入記録、働いた期間と報酬、受給開始の選択で本人の金額は変わる。平均受給額やモデル世帯の数字を、裕介さん一人分の見込額へ置き換えることはできない。
ここで調べるのは金額を当てる計算式ではない。ねんきんネットで国民年金・厚生年金の月別記録、納付、標準報酬等を開き、記憶と違う月がないか確認する。その後に、今の働き方を続ける場合、早く退職する場合、働く期間や受給開始を変える場合を試す。
具体的な画面の歩き方と保存する三条件は、本人記録から公的年金見込額を確認する記事へ分けた。本稿では、老後の金額だけを見て、現役期の二つの扉を閉じないことを先に覚えておく。
障害年金で最初に残すのは、病名より「初めて診てもらった日」

裕介さんは、障害年金という名前から車いすや障害者手帳を思い浮かべていた。だが対象は外から見える障害だけではない。病気やけがによって生活や仕事等が制限される場合、現役世代も請求し得る。手足、目、耳などだけでなく、精神や内部の障害も制度上の対象になり得る。
ただし、病名が一覧にあれば受け取れるという話でもない。日本年金機構の障害年金案内では、初診日、保険料納付要件、定められた障害状態という別々の条件を示している。初診日に国民年金へ加入していたか、厚生年金へ加入していたかも入口に関わる。
最初の医療機関と日
原因となった病気やけがで、初めて医師・歯科医師の診療を受けた日。今の病院へ転院した日とは限らない。
その時の加入と納付
現在の勤務先ではなく、初診日当時の国民年金・厚生年金と、それ以前の納付・免除等を確認する。
生活と仕事への影響
診断名だけでなく、日常生活と仕事がどのように制限されているかを、受診経過と一緒に整理する。
診察券がなければ終わり、という意味ではない。領収書、紹介状、薬の記録、医療費通知、スマートフォンの予約や決済履歴など、受診先と時期をたどれるものを集める。請求時にどの証明が必要かは、年金事務所等へ状況を伝えて確認する。
裕介さん「今は普通に出勤しています。働けていたら対象外ですよね」
編集長「勤務している事実だけでは決められません。反対に、休職しただけでも決まりません」
裕介さん「障害者手帳を持っているかでもない?」
編集長「別の制度です。受給可否は、検索結果ではなく初診日から順に確認します」
明日からの収入と、長く残る障害の年金を混ぜない
もし裕介さんが来週から仕事を休むなら、最初に必要なのは翌月の生活費だ。業務外の病気やけがで会社を休み、給与を十分受けられない場合には、加入する健康保険の傷病手当金が関係することがある。業務中や通勤中が原因なら、労災保険の入口を確認する。
休業中の収入
有給休暇、勤務先の休職制度、加入健康保険の傷病手当金、業務・通勤原因なら労災を確認する。
障害年金
初診日、当時の加入制度と納付、障害状態、請求時期と書類を年金事務所等で確認する。
協会けんぽの傷病手当金案内は、業務外、労務不能、待期、給与等の条件を説明している。加入先が協会けんぽ以外なら、その健康保険の案内を見る。仕事中・通勤中の原因が疑われる時は、勤務先だけで結論を出さず、厚生労働省の労災案内から相談先を確認する。
傷病手当金を受けたら障害年金は見ない、障害年金を考えるなら会社を辞める、という二択ではない。制度が重なる時の調整もあるため、それぞれへ同じ傷病、期間、給与等を正確に伝えて確認する。退職届を先に出して制度へ自分を合わせない。

遺族年金は「独身だからゼロ」「結婚していれば出る」ではない
遺族年金には遺族基礎年金と遺族厚生年金がある。遺族基礎年金では、主に子のある配偶者または子が対象となる。遺族厚生年金では対象となり得る遺族の範囲や優先順位が異なる。いずれも、亡くなった人の加入・納付状況と、遺族側の年齢、続柄、生計維持等の条件を確認する。
一人暮らしは戸籍上の状態を表さず、独身という一語も家族関係や生計を表さない。離婚、事実婚、別居、子、父母など、本人ごとに状況が違う。遺族年金の公式案内で、亡くなった人と請求を考える人の両側から条件を見る。
裕介さんの場合、「自分が亡くなれば誰かへ老齢年金がそのまま移る」とも、「離婚して一人だから確認は不要」とも決められない。大切なのは、緊急連絡先と年金の受取人を同じものだと思わず、家族に残したい情報、猫の世話を頼む相手、制度上の遺族を分けて整理することだった。
保険料を払えない時は、未納の前に開く扉がある
会社を退職して国民年金保険料を自分で納める時、収入減少や失業で支払いが難しくなることがある。そのまま未納にすることと、申請して免除・納付猶予等の承認を受けることは同じではない。
国民年金保険料の免除・納付猶予案内では、老齢基礎年金の受給資格期間や金額への反映、障害・遺族基礎年金の納付要件上の扱いが、納付、免除、納付猶予、未納で異なることを示している。一部免除は、減額後の保険料を納めなければ未納扱いになる点にも注意する。
申請できる期間、所得審査、失業等の特例、学生納付特例、追納は条件がある。事故や病気が起きてから過去へ戻れば必ず間に合うとは考えず、払えない月が見えた時点で市区町村の国民年金窓口または年金事務所へ相談する。
今の自分は、どの扉の前にいる?
下のツールは、年金額や受給可否を判定しない。老後、病気・けが、死別、保険料の四場面から一つを選び、今日探す記録と窓口で聞く質問を作る。病名、病院名、日付、基礎年金番号は入力しない。
公的年金、四つの扉メモ
検索で対象判定をせず、出来事・記録・窓口を分けます。
診断結果
今日すること
手元へ集める
窓口で聞く
先に決めない
次の一歩
保存用メモ
相談先は、売るものではなく「確認できる制度」で比べる

年金の入口は、まず日本年金機構の年金事務所や街角の年金相談センター、市区町村の国民年金窓口だ。老齢・障害・遺族の請求相談は、年金相談の予約案内から対象手続と予約方法を確認できる。
公的窓口
加入記録、納付、請求要件、届書、手続先を本人の状況で確認する。最初に使う基準点。
勤務先・健康保険
休職、有給、給与、傷病手当金、加入・喪失日を確認。業務・通勤原因は労災の窓口も分ける。
民間相談
家計全体や書類整理を頼むなら、資格、料金、対応制度、作成・提出範囲、個人情報、勧誘を比較する。
無料という表示だけで相談先を選ばない。誰が、どの制度について、どこまで確認・作成・提出できるのか。初回だけか総額か。公的窓口で無料確認できることを、有料サービスが置き換えていないか。同じ列で比べてから進む。
裕介さんは「受け取れるか」の検索を閉じた

22時16分。裕介さんは、古いスマートフォンの決済履歴から半年前の医院を見つけた。日付らしい一件をノートへ写し、「明朝、診療日の確認」と書いた。診察券がないことを、初診日がないことにしなかった。
会社へ聞くことも三行に分けた。有給休暇と休職中の給与、加入健康保険の傷病手当金、しびれと業務・通勤との関係。年金事務所には、最初の受診日、当時の厚生年金記録、納付要件、今後必要になり得る資料を相談する。
裕介さん「受け取れるかどうかは、まだ分かりません」
編集長「分からないままで大丈夫です。明日、確認できる材料が増えます」
裕介さん「ミルの通院記録ばかり、きれいに残していました」
編集長「では同じ棚に、裕介さんの一冊も置きましょう」
公的年金は、65歳の自分だけに届く封筒ではなかった。働けなくなるかもしれない今日と、家族に何かが起きた日と、保険料を払えない月にもつながっている。だから不安な時ほど、「年金はいくら」から始めない。何が起きたか。いつだったか。その時どの制度に入っていたか。どこへ聞くか。
ミルの透明ファイルの隣に、無地の青いノートが一冊増えた。最初のページは、まだ半分が空白だった。
記録を確認したら、受け取り方を暮らしに合わせて考える
加入記録と見込額を確認した後は、受給開始時期、働きながら受け取る場合の考え方、毎月の支出との組み合わせをメモします。公的年金の仕組みや手続きを扱う本は、制度改正の可能性があるため発行日を確認し、最新の公的案内と照らし合わせて利用してください。
